結婚や妊娠を考えるとき、遺伝子検査という言葉を目にすることがあります。ただ、この分野は「何でも分かる」と誤解されやすく、一方で必要以上に不安をあおる情報も出回っています。何が分かって、何が分からないのか。冷静に整理します。
「遺伝子検査」と呼ばれるものは、ひとつではない
ひとくちに遺伝子検査といっても、目的も精度もまったく違うものが混在しています。
| 種類 | 目的 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 体質・傾向を調べるもの | 肥満のなりやすさ、アルコールの分解能力など | 参考情報。生活の見直しに使う程度 |
| 疾患のリスクを調べるもの | 特定の病気のなりやすさ | あくまで確率。発症を予測するものではない |
| 保因者かどうかを調べるもの | 特定の遺伝性疾患の遺伝子を持っているか | 医学的な意味があるが、専門家の説明が不可欠 |
| 「相性」をうたうもの | 相手との相性を判定すると称するもの | 科学的根拠が確立していないものが多い |
結婚や妊娠に関して意味を持つのは、主に3番目です。一般に販売されている簡易な検査キットとは、性質がまったく異なります。
分かること、分からないこと
ある遺伝子を持っていても発症しない方がいますし、持っていなくても発症する方がいます。生活習慣や環境の影響も大きく関わります。検査結果は、これからを考えるための材料のひとつであって、結論ではありません。結果の意味は、必ず専門家の説明を受けたうえで受け止めてください。
分かることの例と、分からないことの例を並べます。
- 分かること:特定の遺伝性疾患について、その遺伝子を持っているかどうか
- 分かること:ある病気について、一般の人と比べたおおよそのリスクの高低
- 分からないこと:いつ、実際に発症するか
- 分からないこと:生まれてくる子どもがどうなるか(個々の妊娠については、別の検査と説明が必要です)
- 分からないこと:性格、能力、相手との相性
「遺伝子で相性が分かる」には注意が必要
「遺伝子レベルで相性の良い相手が分かる」とうたうサービスを目にすることがあります。免疫に関わる遺伝子の型と好みの関係について研究が行われてきたのは事実ですが、それを個人の相性判定に使えるところまで確立してはいません。
婚活の文脈でこうした検査を使うことには、慎重であるべきだと考えます。理由は2つあります。
- 根拠が不十分な結果で、人を選んだり、選ばれなかったりすることになる
- 関係を築く過程そのものを、検査結果に置き換えてしまう
相手を知るのに近道はありません。時間をかけて会話を重ねることに代わる方法は、いまのところ存在しません。
遺伝カウンセリングという仕組み
遺伝に関する検査には、遺伝カウンセリングという仕組みが用意されています。専門的な知識を持つ医師や認定遺伝カウンセラーが、検査の前後に説明と相談に応じるものです。
ここで扱われるのは、検査の数値だけではありません。
- その検査で何が分かり、何が分からないのか
- 結果が出たあと、どういう選択肢があるのか
- 家族にどう伝えるか、伝えないという選択も含めて
- 結果をどう受け止めればよいか
検査は受けて終わりではありません。結果をどう扱うかまで含めて考える必要があるため、この仕組みがあります。検査を検討する場合は、カウンセリングの体制があるかどうかを必ず確認してください。
受ける前に考えておきたいこと
次の問いに、自分なりの答えを持ってから受けることをおすすめします。
- 結果を知って、何をするつもりか。行動が変わらないなら、知ることで不安だけが残ることもあります
- 結果が思わしくなかったとき、どうするか。あらかじめ考えておくと、動揺が小さくなります
- 相手に伝えるか。伝える義務はありませんが、妊娠に関わる場合は共有が必要になることがあります
- 結果で相手を判断しないでいられるか。ここがいちばん重要です
誰もが何らかの遺伝的な特徴を持っています。ある遺伝子を持っていることは、その人の欠点ではありません。検査は、これからの生活を準備するための情報であって、人を選別するための道具ではない。この前提が共有できない相手となら、そもそも検査以前の問題です。
検査の種類を、目的で分ける
「遺伝子検査」という言葉が指すものは幅広く、目的がまったく違うものが同じ名前で呼ばれています。ここを分けて理解してください。
| 種類 | 目的 | 受ける場所 |
|---|---|---|
| 医療機関で行う遺伝学的検査 | 診断や、将来の見通しの参考にするため | 医療機関。専門的な説明を伴います |
| 保因者に関する検査 | 特定の疾患について、子どもへの影響を考える材料として | 医療機関。カウンセリングが前提です |
| 出生前の検査 | 妊娠中に、胎児の状態を調べる | 医療機関。妊娠してからのものです |
| 消費者向けの検査キット | 体質や傾向の参考 | 通販など。医療的な診断ではありません |
| 「相性診断」を掲げるもの | 娯楽の域を出ないものが多い | — |
いちばん混同されやすいのが、上の2つと下の2つです。
医療機関で行われる検査は、目的が明確で、結果の解釈に専門的な説明が伴います。いっぽう、消費者向けのキットは、あくまで参考情報であり、診断ではありません。この違いを理解しないまま結果を受け取ると、必要のない不安を抱えることになります。
結果を読み違えないために
この分野で、もっとも多い誤解を整理します。
誤解1:「遺伝子で決まっている」
多くの体質や病気には、複数の要因が関わります。遺伝的な要素があっても、必ずそうなるわけではありません。生活習慣や環境の影響も大きく関わります。
誤解2:「陰性なら安心」
検査で調べられるのは、限られた範囲です。調べていない部分については、何も分かりません。「陰性=リスクゼロ」ではありません。
誤解3:「陽性なら発症する」
種類によりますが、「可能性が高い」ことと「必ず起こる」ことは違います。ここを混同すると、必要のない不安を抱えます。
誤解4:「体質が分かれば、対策できる」
消費者向けのキットで示される傾向の多くは、すでに一般的に勧められている生活習慣の範囲を出ません。検査を受けなくても、できることは同じである場合がほとんどです。
誤解5:「相性が分かる」
特定の遺伝情報から相性を判定する、といった主張には科学的な裏づけが乏しいとされています。娯楽として楽しむ範囲を超えて、関係の判断材料にはしないでください。
遺伝カウンセリングという仕組み
この分野で、いちばん知っておいていただきたいのが、この仕組みです。
遺伝カウンセリングとは、遺伝に関する情報を、専門的な知識を持つ立場から説明し、本人や家族が自分で判断できるよう支援する仕組みです。
相談できる内容
- 家族に特定の病気の方がいて、自分や子どもへの影響が気になる
- 検査を受けるべきかどうか、迷っている
- 受けた検査の結果を、どう理解すればよいか分からない
- 結果を家族やパートナーに、どう伝えるべきか
- 近い血縁関係にあることの影響について知りたい
大切なのは、「検査を勧める場」ではないという点です。受けない選択も含めて、判断を支援する場です。
結果を知らないという選択も、尊重されます。知ることで生活が良くなる場合もあれば、不安だけが増える場合もあります。知る権利と同じく、知らないでいる権利もある——これが、この分野の基本的な考え方です。
結婚を考える段階での、現実的な優先順位
結婚前に確認しておくこととして、遺伝子検査の優先度は、実はそれほど高くありません。先にやるべきことがあります。
優先度が高いもの
- 感染症の検査。自覚症状がないまま経過し、妊娠に影響するものがあります(性感染症の検査)
- 風疹の抗体。接種が必要な場合、時期の計画に関わります
- 一般的な健康診断。血圧、血糖、脂質(結婚前の健康診断)
- ブライダルチェック。妊娠に関わる状態の確認(女性/男性)
遺伝に関する相談を優先したほうがよい場合
- 家族に、遺伝が関わるとされる病気の方がいる
- 近い血縁関係にある
- 過去に、流産を繰り返した経験がある
- すでに、お子さんに気になる所見がある
これらに当てはまらない場合、まずは上の4つを済ませてください。順番を守ることが、いちばん現実的です。
受ける前に、考えておくこと
検査を検討する場合、受ける前に整理しておくべきことがあります。結果は、後から知らなかったことにはできません。
1. 何のために受けるのか。結果によって、何を判断するのか。ここが曖昧なまま受けると、結果を受け取ってから困ります。
2. 結果が思わしくなかった場合、どうするか。あらかじめ考えておいてください。選択肢があるのか、それとも知るだけになるのか。
3. 誰に伝えるか。遺伝に関する情報は、血縁者にも関わります。自分だけの情報ではない、という側面があります。
4. パートナーと、事前に話し合う。結果が二人の判断に関わる場合、受ける前に話しておくべきです。
5. 知らないでいる、という選択もある。これは逃げではありません。正当な選択のひとつです。
そして、消費者向けの検査キットを、医療的な判断の材料にしないでください。不安を感じる結果が出た場合は、自己判断せず、医療機関で相談してください。
結婚前に確認しておくこと全般については、結婚までの流れにまとめています。
相談先を、どう探すか
遺伝カウンセリングという仕組みがあることをお伝えしましたが、どこで受けられるのかが分かりにくいのが実情です。
探し方
- 大学病院や、総合病院の遺伝子診療部門。専門の外来を設けている施設があります
- かかりつけ医に相談して、紹介してもらう。いちばん確実な入り方です
- 関連する学会や、公的機関のサイトで、実施施設を探す
- 産科・婦人科。妊娠や出産に関わる相談であれば、まずここでも構いません
予約時に伝えること
遺伝カウンセリングを受けられるでしょうか。
相談の前に、整理しておくとよいこと
- 家族の病歴。誰が、何歳ごろ、どういう病気だったか。分かる範囲で、図にしておくと伝わりやすくなります
- 何を知りたいのか
- 結果によって、何を判断したいのか
費用について。相談料がかかる場合があります。保険の適用は内容によって異なるので、予約時に確認してください。
そして、相談したからといって、検査を受ける必要はありません。「受けない」という判断も含めて、支援してもらえる場です。
家族やパートナーと、話すとき
遺伝に関する情報は、自分だけのものではありません。血縁者にも関わります。ここが、他の医療情報と違う点です。
パートナーと話すとき
- 結論を出す前に、話す。検査を受けるかどうか自体を、一緒に考えてください
- 不安をそのまま伝える。「気になっていることがある」から始めて構いません
- 正確な情報を、一緒に聞く。可能であれば、カウンセリングに一緒に行くのがいちばんです
- 相手の反応を見る。一緒に考えてくれるか、避けるか。これは重要な情報です
家族と話すとき
- 病歴を聞くこと自体が、難しい場合があります。触れてほしくない過去であることも
- 「結婚を考えていて、健康のことを整理しておきたい」という理由なら、伝えやすくなります
- 知った情報を、他の血縁者にどう扱うか。勝手に共有しないでください
自分が知りたくても、家族が知りたくない場合があります。逆も同じです。遺伝に関する情報は、知ることで生活が良くなる場合もあれば、不安だけが増える場合もあります。本人の意思が、いちばん尊重されるべきです。迷ったときは、遺伝カウンセリングの場で、伝え方も含めて相談できます。
そして、結婚を考える段階で優先すべきなのは、感染症の検査や一般的な健康診断のほうです(結婚前の健康診断)。順番を守ってください。
相談先
遺伝子検査について相談できます
どの検査が自分に必要なのか、そもそも受けるべきなのか。判断がつかない段階でも相談できます。検査を受けること自体を勧めるのではなく、必要かどうかを一緒に考えるところから始めます。
よくある質問
結婚前に、必ず受けるべきものですか?
市販の検査キットとは違うのですか?
結果は保険や就職に影響しますか?
相手に検査を求めてもいいですか?
市販の検査キットを受けて、不安になりました。
結婚前に、二人で受けるべきでしょうか。
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